数々の失敗をノウハウにしてたどり着いた!排尿計測記録システム「ウロレコ」開発秘話

更新日:2019.09.19 Thu

組み合わせ計量機など、食品業界の「はかり」分野では知らない人はいない株式会社イシダ(以下:イシダ)。

 

120年を超える歴史の中、2015年から医療事業へ進出。顆粒用自動計量機や外来患者案内システムなどを手掛けて来ました。

しかしこれらの機械は、医療機器ではなく、医療分野で働くスタッフの労力を軽減するものです。

 

そして2020年、医療機器メーカーとしての第一歩を踏み出す機械として、排尿計測記録システム「ウロレコ」(以下:ウロレコ)が販売されます。

 

医療機械は認可も難しく、新規参入はとても難しい分野だといわれています。

 

なぜ、あえてイシダが医療機械を開発することになったのか。

しかも、なぜ排尿計測記録システムだったのかなど、ウロレコを開発している医療事業企画室の企画室長:國崎 嘉人さんにお話を伺いました。

 

医療事業企画室長:國崎 嘉人さん

紆余曲折を経て排尿計測記録システム「ウロレコ」の開発へ

――「ものをはかる」ことに掛けてはイシダさんの得意分野だと思うのですが、排尿計測記録システム「ウロレコ」を作ったきっかけも、尿の量るところからだったんでしょうか?

 

國崎さん:いえいえ、実は最初から「尿を計測する」をいう機械を作ろうと思ったわけではないんです。」

 

イシダは外来患者案内システムなどを作っているのですが、医療分野の世界で、誰を幸せにするかって考えたとき、やっぱり医療機器に入っていくことが必要かなって考えたんです。

 

そんな時、ある病院さんから「病院というのは未充足のニーズが多いから、一度見学に来たらいいんじゃないか」って声を掛けていただいたんです。

 

それで、医療事業企画室のメンバーとみんなで病院に行ったんですね。もう病院内、手術室、ICUや救急までくまなく見させていただきました。患者さんが入ったら、どういう動きで、どういう手当てをしてということも細かく教えてもらいました。

 

そこで最初に医師から言われたのは、手術中にリアルタイムに血液の量が把握できるといいなってことだったんです。

 

――手術中に出た出血量ってことですか?いま、リアルタイムに量れていないんですか?

 

國崎さん:手術のときにどれくらい血液が出たかは、ガーゼにしみこんだ分を看護師さんが手術後に計測するか、出血しているところをバキュームして、その量を量っているんです。

 

でも、バキュームした液体って、血液が100%なわけじゃないんです。患部を洗浄した生理食塩水とか、体液とかも混じっている。それも最後に生理食塩水は何リットル使ったかって言うのを最後に引き算するんですね。

 

 

だから、手術中に輸血するときには、体温や血圧、心拍の数値を見ながら、最終的には医師の勘というか経験で行っているものなんです。

 

それが経験だけではなく、数値でわかればより的確な治療が行えるというわけなんです。

 

イシダははかりのメーカーですから、全体の重さは量れる。だから、血液の濃度さえわかれば、出血量が算出できるんじゃないかと思って、まずはそれができるセンサーがないかを探したんです。

 

――血液濃度を測るセンサーですか?

 

國崎さん:手術中にバキュームするボトルに、そのセンサーを貼り付けたら濃度が計測できるんじゃないかと思ったんです。

 

だから、そのボトルを手に、医療関係の展示会に行って「血液濃度を測るセンサーがありませんか?そんなセンサーを開発している企業さん知りませんか?」って聞いて回りました。

 

ようやく、生体モジュールセンサーを開発していた浜松にあるベンチャー企業さんと知り合うことができたんです。

 

そこは、非接触で、血液濃度を測る上で重要なヘマトクリット値を計測できるセンサーを開発していたのですけど、ボトルに貼るっていうものではなくて。

 

お話をさせていただいたら、面白そうなのでやってみましょう!ってことになったんですけど、どうしてもうまくいかなかったので、これは無理だなと・・・。

 

でも、せっかく改良して、結構な投資をしてセンサーを改良したので、何か他のものに使えないかなって考えたんですね。また病院に伺って、院内を歩き回っているときに、おしっこがあるぞってことになったんです。

 

――なぜそこでおしっこに?

 

國崎さん:おしっこって、血尿といって血が混ざることがあるんですよ。全身麻酔で手術をして、意識のない状態の患者さんには、尿道にカテーテルといわれる管を差込、尿はウロバッグといわれるビニールバックの中に貯められます。

 

排尿量はバイタルサインとして重要ですから、ICU(集中治療室)では30分や1時間おきに観測を行っているんですよ。

 

でも、その観測は看護師さんが目視で行っています。血尿の場合も、血尿スケールと見比べて、色を判定して、記録していくんです。それが看護師さんの仕事の3割以上を占めるそうなんですよ。

 

 

イシダが通常、仕事相手にしているスーパーマーケットやコンビニは人手不足といわれていますけど、医療分野もそれは同じです。

 

看護師の方々が患者さんと直接看護する部分は直接ケアになるので、この絶対量を減らさないようにするためには、他の比率を下げていかないといけない。そのとき、このウロレコのような機械があれば役に立つんじゃないかと思って、排尿計測記録システムの開発を始めたんですよ。

 

――最初は血液の量をリアルタイムで量れないかということから、でもうまくいかなくて、尿量の計測に路線変更というわけだったんですね。

実際に使う場面を想定し着想から約3年でやっとカタチに

 

――ウロレコはどんな機械なのか詳しく教えてもらえますか?

國崎さん:ウロレコ本体はベッドサイドに設置し、ウロバッグをぶら下げます。尿量の計測は重量センサーでリアルタイムに精密に計測されます。

 

チューブの中を尿が通るときに、血尿の濃度をLEDセンサーで測定しますので、尿の重さと濃度を一度に計測し、記録も取れるという機械になります。

 

看護師さんがこまめに目視をしなくても、スタッフステーションで複数の患者さんの状態を把握できますし、医師は個別の患者さんごとに排尿状態のグラフを参照することもできます。

 

それに、ウロレコに関してはイシダの独自性を高めるのに非常に役立ったんですよ。

 

通常ものを量るとき、水平が取れていないと正確な値が出せないんです。じゃあ水平器をつけたとして、それを看護師さんに合わせてもらうのかって言うと、まぁそんなことしてる場合じゃないですよね。

 

だから、ウロレコの中にジャイロセンサーを入れたんです。傾きを判定するセンサーで、重量を補正する機能をつけたんですけどね。どれくらい補正をしなくてはいけないかは、イシダがはかり屋だからこその知見というか、他社が真似できないところだと思うんです。

 

――餅は餅屋、はかりははかり屋ってことですね。

 

國崎さん:あとは、汎用性を重視しました。どんなウロバッグでも使えるように考えましたね。日本のシェア70%を占めるような、上位5社が扱うウロバッグにはすべて対応できるようにしました。

 

ウロバッグって、実はいろんなパターンがあって、それに付随するチューブもメーカーによって透明だったり白濁していたり、材質もさまざまなんです。

 

検証を繰り返し行って、ウロレコの数値がメーカーによって違ってしまうということがないようにしました。ウロレコを導入するために、ウロバックや使用するチューブを指定しなくてはいけなくなると、やはり難しい点も多いですから。

 

また、ウロレコを必要とする患者さんは手術中であるとか、意識がない状態であるとかですけど、患者さんはすごく移動がある状態なんです。だからポータブル性を重視しました。

 

――患者さんは意識がないのに動く?

 

國崎さん:たとえば救急車で運ばれてきたとします。緊急手術が必要なので、ウロレコを取り付けますよね。手術室からICUに移動するときには、ウロレコごと移動します。ICUから一般病棟に移動するときもあります。

 

移動するたびにコンセントが必要だったり、取り付けが面倒だったりしたら大変じゃないですか。

 

ICUなんて、命を守るための機械が多くあるんですよ。その中で、尿計測のためにコンセントを1個くださいなんて、とてもじゃないけどいえませんね(笑)。

 

なので、ウロレコは電池駆動で動くんですけど、7日間は連続使用できます。7日間だと98%の患者さんをカバーできるんです。それが3日間だと80%になってしまうので。

 

 

――血液から尿に路線変更してからは順調に進んだみたいですね。

 

國崎さん:ふふふ、そんなわけないじゃないですか。着想からここまでに約3年、かかってます。

 

センサーに関して言えば、3人ぐらいを計測しているうちは正常に動いていたのですが、10人ぐらいに広げたとき、変な数値が出るようになったんです。

 

3%の濃度で尿の中に血液を入れているのに、0.5%とか、0%になってしまう・・・。何でかな?と思って、医師に相談に行ったのですが、尿が血液を壊していると教えてもらったんです。

 

――尿が血液を壊す?そんなことあるんですか?

 

國崎さん:血液を壊すというのは、血液中にあるヘモグロビンに対しての浸透圧なんですけどね。専門的なことは少しおいておきますが、ヘモグロビンの細胞膜を尿が破壊してしまうことで「溶血」がおき、尿の中に溶け込んでしまうんです。

 

 

それは、特殊な人に起こることではなくて、どんな人でも起きることなんです。それを想定して、データが取れるようになる研究に数か月かかりました。

 

最初に出血量を計測しようと思って、ダメで。尿に着目したけど、血液を壊されてへこんで。じゃあ改善しなくちゃってがんばって。今のカタチになるまでに2年半から3年ぐらいかかっているんですよ。

 

――約3年!?イシダさんの食品計測のはかりでも、そんなに時間がかかるものなんですか?

 

國崎さん:いいえ、短ければ約3か月程度ですし、長くても1年ぐらいじゃないかと思いますね。

 

技術って2種類あるんですよ。要素技術と応用技術。イシダの食品関連の機械に関しては、応用技術なんです。基本になるものがあって、用途に合わせていろいろ形を変えてお客様に対応していくっていうね。

 

でも、僕たちがやっているのは要素技術なんです。たとえば、血液をまずきちんと測定できるようにするのが要素技術。これができるようになって、実装していくと応用技術になるんですけど。

 

要素技術を確立するためには、1つ問題を解決しても、また新しい問題が出てくる。基本的にはすべてがうまくいきませんし、何かを進めていくと、うまく行かなかったという結論にたどり着く。それを、じゃあ次がこういう工夫をしてみようって開発していくんですよ。

 

――基本的にはうまくいかない?すごくくじけそうな気がするんですけど・・・。

 

國崎さん:いえいえ、こういう進んではまた問題にぶつかってっていうプロセスが大事で、それがノウハウになっていくんです。自分たちの独自性を高めるためにも、すごく必要なことなんですね。

 

だから、運よくうまく言ったっていうのが一番怖い。ノウハウがたまらず、問題解決のためにどこまで戻ればいいのかがわからないんですからね。

ゴールは決まっている。そのためのプロセスが何通りもあって、それを1つずつ検証することで、正解の道筋を見つけていくことが本当に大切なんですよ。

 

僕はだから、ある意味失敗はしたことないんです。なぜなら、うまくいくまでやるからです(笑)。

 

あきらめずに、うまくいかないことをくふうして、リトライする。自分が目指しているものに市場価値というか、お客様にとって値打ちがあると思うなら、ずっとやり続けるスタンスですね。

 

今回の場合は、お客様というのは看護師さんや医師の方々の手間の軽減がある。でも、その先に、病気にかかっている患者さんに、どういう治療ができるか、最適な治療を受けられるようにするという未来がある。だから、やり続けて来れたんじゃないかと思います。

将来的には健康や病気の予防に役立つデータを提供するメーカーに

 

――ウロレコ以外にも開発中の医療機器はあるんですか?

 

國崎さん:常にいろんな着想はしていますし、持込や問い合わせも数多くいただいていますね。でも、部署内で10人足らずのメンバーですから、すべてを行うのは難しいんです。

 

だから、これから僕らは何屋になりたいかっていうのを、ずっと問い続けているんですよ。外来患者呼び出しシステムなども手かげていますけれど、僕らは呼び出し屋になりたいのではなく、おしっこの計量屋でもない。

 

最初は医療関係者の省力化とか、自動化とか、食品事業はそういう面に強いので、医療関係もその分野に特化していこうかなと思っていたんです。

 

でも、最近はその先を見るようになってきたんですよ。バイタルサインとして、血圧・心拍・呼吸数・体温の4つがあるんですけど、あれはもう30年ぐらい前からモニタリングできる装置があるんです。

 

よく、ドラマでピッピッという線が波打っているモニターがあって、あれがピーッて一直線になったら亡くなってしまうという、子供でも知ってるやつです。

 

でも、バイタルサインとしては、瞳孔が開いたり、排尿の量も医療現場ではとても大切ですし、私たちは始めて、排尿のバイタルサインをデジタル化できたわけです。

 

この、初めてっていうところがとても重要なところだと考えていて。外来患者案内システムも、将来的には医療機器にしたいと思っているんです。これに、血圧計とか体温計がついていたら、患者さんにとっても看護師にとっても便利だと思うんです。

 

 

外来に行くと必ず問診がありますし、受信する課によっては血圧を測ったり、体温を測ったりする必要がありますよね?

それが、ボタンに手を置いて10秒程度でデータが取れるという医療機器はもうあるので、受付機に実装して、電子カルテにデータを送れたら、問診の時間を省略できるとかね。

 

フィンランドなどでは、国はパーソナルヘルスレコードを管理していて、バイタルサインやライフログ、医療データを集められるようなシステム基盤があるんです。

 

日本でも、将来的にはそういう生い立ちで、どんな病気をしているかをAIで解析して、分析して病気を予防するという時代が来るだろうと思っています。僕たちは、そこにデータを供給できるメーカーになりたいと考えているんですよ。

 

――すごい壮大な夢というか、目標があるんですね。

 

國崎さん:構想を持つのは重要だと思うのですが、その構想だけでは飯は食えない(笑)。10年後、こんな未来が来ると思うので、こういう機械はどうですか?なんて言っても、足元の問題をクリアしない限りは難しいじゃないですか。

 

その足元の問題が、コストダウンであったり、省力化であったり。最初のころに言いましたけど、医療は未充足の分野が多くて、いまやってる業務は当たり前のこととしているため、提案する必要があるんです。

 

たとえば、移動に馬しか知らない人に、どんな乗り物がほしいですかってたずねたら、速い馬と答えるに決まっているんです。車を知らないんですから、答えられるわけがない。

 

未充足ニーズって言うのはそういうもので、こちらから提案して初めて「あっ、あると便利だね」と気がつくものです。

 

未充足ニーズを解決して、その先にこういう構想があるんですよって2段構えでいくことが必要かなって思っていますね。

まとめ

排尿計測記録システム「ウロレコ」は、最初から尿を計量するというイシダの技術力を前提として作られた医療機器ではなく、血液量を計測するために開発したセンサーの使い道として模索し、出来上がったものというから驚きです。

 

しかしそれが、120年以上の歴史を持つイシダ始まって以来の医療機器であり、排尿のバイタルサインを血尿にいたるまでリアルタイムで計測し、デジタル化できる唯一の製品というので、さらにビックリさせられます。

 

上のインタビューでは書ききれませんでしたが、本体は3Dプリンターで製作し、看護師さんたちからのリアルな声を集約し、何度も試作を重ねて今の形状になるなど、その製作には莫大な労力と知恵が掛けられています。

 

排尿計測記録システム「ウロレコ」は、今まさに開発も佳境!実際に病院で使われている姿を私たちが見るのは、もう少し先のことになりそうです。

 

そして、実際に使われるようになったときには、さらに進化した「ウロレコ」になっているでしょう。

 

ウロレコが利用される場面を考えると、自分に使われないほうがいいとは思いますが(笑)、日本の医療発展の一端を担う器械として、その日がとても楽しみです。

この記事を書いた人: 京トーク編集部
京トーク編集部です。 大好きな京都で生活をし、京都に住んでいる人や京都を訪れる人に、もっと京都を楽しんでほしい!と思い、日々記事を更新。 チームの仲間たちと共に京都の魅力を発信していきます!

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