【奇学生Vol.3】1年間で24カ国!世界一周を果たした同志社大生・家原航

2019.03.26 Tue

 

人並みの大学生活を送っていたはずのある学生が

「どうしてもこのままでは終われない!」

「何が何でも世界一周をしたい!」

と一念発起して世界へと旅立ちを決意。

 

2017年8月4日に日本を旅立ち、中国~エジプト~ペルー~アメリカ。途中でキリマンジェロの登頂も果たしている男、それが今回紹介する同志社大学3回生の家原航さんです。

 

なぜ突然思い立ち、世界一周の旅に出たのか。

そのきっかけを詳しく聞いてきました。

 

中国から世界一周をスタート!

 

―世界一周をしてきたと聞いていますが、どんな経路で旅をしたんですか?世界一周って言っても、全部の国を制覇した・・・とかじゃないですよね?

西回りでアジア→アフリカ→南アメリカ→北アメリカ→日本という順番で、世界一周して帰ってきました。
4月~7月の3か月間、アメリカのサンディエゴに滞在した後に世界一周に出発したんです。

 

訪れた国は中国から始まって、こんな感じです!

期間

中国

30日間

ベトナム

10日間

カンボジア

4日間

ラオス

3日間

タイ①

5日間

ミャンマー

3日間

タイ②

2日間

インド

7日間

ウズベキスタン

10日間

キルギス

3日間

ドバイ

3日間

エジプト

10日間

タンザニア

11日間

ザンジバル島

5日間

タンザン鉄道

(タンザニア-ザンビア間)

3日間

ザンビア

4日間

ボツワナ

4日間

ナミビア

9日間

南アフリカ

4日間

アルゼンチン

11日間

ボリビア

8日間

ペルー

6日間

エクアドル

8日間

コロンビア

8日間

カナダ①

3日間

アメリカ

21日間

カナダ②

1日間

 

―めちゃくちゃ多い!最初の国は中国なのですね

記念すべき第1か国目は、迷った末に中国にしました。

 

大学ではアジア専攻だったので中国に関心があったのと、フェリーでいけるというのが理由です。

せっかくの世界一周なので、あっという間に現地に着いちゃうのではなく、新鮮な気持ちで始めたかったので、丸2日かけて、フェリーで日本海を渡ったんですよ。

 

―中国には30日いましたよね?結構長くないですか?

日本からフェリーでいく日数も含めているんですけど、12都市を周ったんです。

上海→北京→安陽→登封→洛陽→西安①→敦煌→西安②→深圳→香港→マカオ→珠海→南寧の順番です。

 

―西安に2回行ったりしていますけど、中国に詳しくないのでどう周ったのかさっぱり分かりません(笑)

ははは、そうですよね。地図で見てみると、こんな感じです。

 

 

―あれめっちゃ寄り道してる?(笑)

そうなんです。その時に出会った人たちと過ごすことが多かったので、いろいろ行っちゃいました。

中国人カップルと一緒に「砂漠のオアシス」と呼ばれる月牙泉(げつがせん)に行ったり、本場で少林寺をしたり、慰安婦などの社会問題について話し合ったり。

1か国目から、かなり濃い内容の経験をさせてもらいました。

 

(砂漠のオアシス・月牙泉と鳴沙山(めいさざん)の写真)

 

初めての海外ヒッチハイク650kmの旅

 

―世界一周の中で、日本じゃできないなって経験も多かったですよね?

タイからミャンマーに行くときに、行きは観光バスを使ったんですけど、帰りは違うことしたいなぁって思ったんです。

そんなときにたまたま、ゲストハウスで知り合ったオランダ人の女性と「ヒッチハイクをしよう!」って意気投合。ふたりでヒッチハイクしました!

 

ーこれまでにもヒッチハイクをしていたんですか?

いや、僕も彼女も、ヒッチハイクなんて一切したことがなかったんです(笑)。

よくテレビで見るみたいに、「ミャンマー→タイ」という紙を持って立ってたんですけど、タクシーが止まっちゃったり、長距離バスのターミナルに連れて行かれちゃったり。ミャンマーやタイはヒッチハイクの文化がないみたいで、思ったようにうまくいかなくて大変でした。

それでも、なんとか無事にタイに行けました。

 

ヒッチハイク自体もおもしろかったんですけど、それ以上に現地でできた友だちと、初めての経験をすることが、新鮮でワクワクしました。

自分ひとりだったら、たぶんバスで帰ってたと思うので。

 

アフリカ大陸最高峰の5895mに突然チャレンジ!?

 

あとはね、キリマンジェロに登ったんですよ。

 

―キ、キ、キリマンジャロ?あの世界一の山に登ったんですか!?

そうなんです(笑)。

キリマンジェロってタンザニアにあるんですけど、その時には全く登るつもりなくて。

「本場のキリマンジャロコーヒーを飲みながら、自然を眺めたいなぁ」くらいにしか思っていませんでした。

 

そのときに、キリマンジャロに登ろうとしている日本人に出会ったんです。

「君は登らへんの?」と聞かれたので、「おもしろそう。行きたい!」と思って、その場で決めました。

次の日から一緒にツアーガイドさんを探して、その2日後に出発したんです。

 

―そんな簡単でいいんですか!?(笑)

半袖でも熱いくらいの場所から森林限界を超えて、赤道直下なのに雪があるところまで。

何とか登りきったときには、めちゃくちゃ感動しましたよ。

朝日を見て、生まれて初めて泣きましたもん。

 

 

誘われた時に、怖いからとかお金がないからとかでやめなくてよかった。こんな感動にも出会えず、きっと後悔していたと思います。

 

アフリカでの事件簿

 

 

―大変だったことは?日本と違って、治安がいい国ばかりじゃないと思うのですが。

怖い経験が1回ありました。

 

南アフリカのケープタウンに行った時、12月25日のクリスマスだったので、友だちとケーキをもって楽しくおしゃべりしながら住宅地を歩いていたんです。

そのとき、急に後ろから2人連れが襲ってきたんです。

友だちは首をつかまれて持ち上げられていて、ほんとにやばいと思いました。

 

たまたま通りかかった車に、必死で「ヘルプミー!!」と叫んだら、ドライバーがクラクションを鳴らしてくれて、襲ってきた人たちも逃げていきました。

怪我もなく、何も取られずに終わりましたが、車が来てなかったらと思うと今でもゾッとします…。

 

―殺されたりしなくてよかった・・・。衝撃体験ですね。

クリスマスで少し油断していました。

楽しむのはいいけど、やはり外国なので、そこは気を遣うべきでしたね。

 

それからはマネーベルトにパスポートとクレジットとお金の予備入れるだけでなく、靴下の中にもお金とクレジットカードを入れてました。さすがに靴下までは脱がされないだろうと思って。

 

―靴下の中まで(笑)。必死さが伝わります…。

 

きっかけは、父からもらった2冊の本

 

―そもそも、どうして世界一周をしようと思ったのですか?

最初のきっかけは、父からもらった2冊の本でした。17歳の誕生日に突然渡されたんです(笑)。

 

 

そのときまでは、ただ海外に興味があるとか言語を学びたいとかを言っていただけだったのに、突然「世界一周ってできるんや!」という発想を得たんです。

 

ーじゃあ17歳の時から、ずっと世界一周を夢見ていたのですか?

いや、実はその想いは1度なくしていたんです。

大学に入ってからは普段の生活に忙しくて、世界一周のことなんて思いだしたりもしなかった気がします。

でも3年になって、自分がこのまま大学を卒業する未来が見えたときに「とにかくやってみたい!!」という想いが込み上げてきたんです。

 

世界一周に必要な準備とかルートとかより先に、「やってみたい」っていう焦りみたいな気持ちになって。行かないと絶対に後悔すると感じて決断しました。

 

世界のどこでも自分を表現できる

 

―旅の中で最も大切にしたいと思ったことは何ですか?

やっぱり人との出会いですね。

会ってすぐ別れたり、長くても次の日にはお別れしたりする人との出会いを、大切にしていました。

一瞬一瞬が本当に貴重でした。

 

―帰ってきてからの変化はありましたか?

実は、旅に出るまでは、自分の心の底からの気持ちを他人に伝えることを恥ずかしく思っていたんです。

でも、自分が心を開けば周りは興味を持ってくれる。逆に言えば、心を開かない限りは心の距離を近づけることができないのだと、旅の中で何度も感じました。

 

多種多様な国籍、文化、宗教、価値観のある人たちと出会い、関わった経験は何物にも変えられないものだと思っています。

世界のどこでも、どんな相手に対しても自分自身を表現できたことは、大きな自信につながりました。

 

固定概念を崩して旅をおもしろくする

 

 

僕が旅の中で最も面白かったのが、自分の予想を裏切られたときでした。

次の国に訪れる前には、そこはどんな国だろうって考えてから行くんです。ネットや書籍で調べることもあります。

そのときに想定外のものが発見できたときは、ものすごくワクワクするんです。自分にとって未知との遭遇なので。

だから、知らない場所に行くときは、固定概念をあえてもって打ち崩されに行くんです。

 

インタビューを終えて

ゼミや就活が始まる大変な時期に世界一周を決断し飛び立ったという話を聞いて、初めは気の強い方かと思いきや……。

物腰が柔らかく、話しているだけでほっこりするような温かい雰囲気を持つ人でした。

 

家原さんは旅の記録、通称”無印ノート”を、どんなに面倒でも、疲れていても、書くことを忘れなかったそうです。

食べたもの、出会った人、電車の切符、レシートまでも記録していたのが、細やかな性格を表しているなと感じます。

 

 

 

やっぱり人間って、時間が経つと忘れると思うんですよ。

あの日にどういう人と出会って、何を食べて、どう感じたのか。

無印ノートはあとで見返したときに、そのときの匂いや風景、音が一気に蘇ってくるんです。

 

人との思い出、場所の思い出。

そんな些細な幸せを大切にする、心の大きな男、家原航さんでした。

 

家原さんを紹介した奇学生

 

そんな家原さんを紹介したのは、家原さんの大学の同級生であり、コミュニティ「outgrowth」を共に運営する仲間です。

 

常識にとらわれず、独自の人生を歩む鬼木さん。

彼は世界旅行中に、KUMONのタイ社長に新規事業を提案し、日本本社にまでプレゼンを行った男。

パワフルで熱い鬼木さんのことを、家原さんは心から尊敬しています。

その鬼木さんの記事はこちらから。

【奇学生Vol.2】世界のKUMONを変えたい “ナンパ”が人生を変えた同志社大生・鬼木翔平

 

・家原さんのプロフィール

 

同志社大学グローバル地域文化学部3回生 家原航

家原さんの所属する学生団体:CHAD

学生団体CHAD新歓公式Twitter
学生団体CHAD公式Twitter

学生団体CHAD公式Instagram

学生団体CHAD新歓公式Instagram

毎年、カンボジアの学校で運動会を開催していて、カンボジアの学生とも協働して国際問題を目指しています。発展途上や国際ボランティアに興味がある方は、Twitterから情報をゲットして下さい!

 

家原さんの運営するコミュニティ:@outgrowth_1_

家原さんと仲間数人で立ち上げたアウトドアコミュニティ!

毎月異なったアウトドアイベントをしているので、Instagramから情報をゲットして下さい!

この記事を書いた人: 黄助
【きすけ】好きな言葉は「身近な人から幸せに」 人と自由と甘いものが好きなインターン学生。 大仏、富士山、琵琶湖などの日本一を目の当たりにし、現在は世界一に興味アリ!

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