【奇学生Vol.1】すべては失恋からはじまった!? 失恋リベンジが人生を変えたイケメン同志社大生・小野隼輝

2018.10.31 Wed

「人間にとって居場所がないってめっちゃつらい。だから、僕が居場所を作る側になろうと思ってるんです」

そう語るのは、同志社大学グローバル地域文化学部4回生の小野隼輝さん。

現在は大学を休学し、10月31日にオープンするバーの準備に大忙しの毎日だが、なぜ、京都の大学に通う小野さんが、東京でバーをオープンすることになったのか。

そう、単にバーをオープンするのが夢だった男を、京トークでは取り上げたりなんてしない。
そこに至るまでの経緯があまりにもユニークなので、ここで紹介しようと思う。

 

 

何をしても満足できない。いつも心の中はモヤモヤとしていた

 

(10 歳のころの小野さん)

 

今でこそ爽やかイケメンの小野さんだが、実は小学校時代はとても引っ込み思案だったそう。

スポーツはもちろん、勉強も中の下程度、自分に自信が持てなかった――。

 

「中学まではホント、コンプレックスの塊状態で。でも、高校進学の時、ちょっと考えたんですよ。“あまりにもガリ勉では面白くないし、でもあほ過ぎても微妙かもしれない。ちょうど真ん中の、普通の学校なら何かあるかもしれない。”

小中学校の分も取り戻すぐらい、めっちゃ充実させる!そんな意気揚々とした気持ちで、高校生活をスタートさせました。」

 

しかし、何かが違う。
ガリ勉高校に行ったと思っていた同級生が、みんなすごく楽しそうに見える一方、自分は毎日をただ過ごすだけの日々。

 

「勉強だけじゃない、スポーツやほかのことも頑張って、すごくいい感じに毎日を過ごしていけるんだと思いました。

その時、280人中220番ぐらいの、下の方の中途半端な成績だったんですけど、やればできると思って、めっちゃ勉強して、目標とした同志社大学に入学しました」

 

やればできる。
なんとなく心に描いてはいたものの、それほど真剣に自分に向き合ったことがなかった小野さんにとって、大学に合格できたことが自信につながった。
幼いころから漠然と、なぜかいつも胸にあった「人生を良くしたい」ということを意識して、毎日を過ごすようになった。

 

 

ファッションショーのモデルから日本縦断まで。好奇心に任せて動く

 

(ファッションショーに参加する小野さん)

 

ポジティブになった小野さんは、大喜利サークルなども含め、8つのサークルに所属。
178㎝という高身長を活かしてファッションショーのモデルをしたり、フリーハグをしたり、時にはヒッチハイクで日本を縦断したりと、アクティブな生活を送っていたそう。

 

「旅先では、好奇心に任せて気になるお店に入るんです。そこで、店員さんやお客さんと仲良くなることが好きですね。全然、自分の知り合いもいない、縁もゆかりもなかった場所に、帰る場所ができるじゃないですか。また来たら、あったかく迎えてくれる人がいる。そういう風に、自分の居場所を増やしているのかもしれないです(笑)」

 

思い描いていた以上の、順風満帆な大学生活。

好きな女性と将来、結婚をして、子供を作って温かい家庭を築く。漠然とだか、そんな風に思っていた。

だから、就職活動も普通の会社を狙っていた。

しかし、その女性には振られてしまう。

 

 

理由は些細なことだったかもしれない。その時のことは、今も思い出したくない。ただ、振られたのは、何か自分に足りなかったからだと思い、自分を向上させたいと考える。

そんな時、あるテレビ番組のオーディションの話を聞き、受けてみようと決意した。

 

「今年の3月なんですけど、すごく昔に爆発的に人気だった番組が、出演者をオーディションしてるって聞いたんです。自分を向上させたい。そんな藁にもすがる思いでオーディションに臨みました」

 

結果は――なんと合格!5次選考まであったそうだが、自分の経験をすべてかけて臨んだ。

 

その、番組に出た経験から、人と人とのつながりの大切さをあたらめて実感し、新しい出会いの場所を作ろうと考えたという。

そして冒頭の、バーのオープン準備をしているということにつながるわけだ。

 

「自分で旅をしたり、気になる店に飛び込んだりして、居場所を作っていると実感したので、今度は僕が、誰かの帰る場所になれたらいいなぁって思ったんです。

バーにこだわりがあったわけじゃないんですけど、京都に1軒、すごくお気に入りの居酒屋があるんです。
”スペースねこ穴”っていう、空いたビンが放置されているような、残念ながらキレイとは言い難い店なんですけどね。」

 

「でも、今日はこれだけの金額で…って伝えると、おばちゃんが勝手に料理を用意してくれる。お酒は自分で冷蔵庫から取り出さなくちゃいけない。おばちゃんはたまに酔いつぶれちゃうので、そういう時には常連さんが料理を作って出すんです。もう、お店っていうより、圧倒的に“家”みたいな感じなんですよね。

みんなで作り上げるような、帰ってきたと感じられるような、そんな空間を作りたいと思ってバーにしたんです」

 

場所は京都にこだわりがなかったので、とりあえず東京で物件を探し、10月31日にオープンする予定だ。

これからはずっと東京にいるのかと思ったら、1年後には関西圏には帰ってくる予定だという。

 

 

「東京でバー経営するのは、とりあえず1年間って決めてます。

僕の根底にはいつも“幸せな人生を送りたい”という思いがあるんです。

それは、自分も好きな人も一緒に、幸せになりたいし、いつも笑っていたい。

笑いって、精神状態と関係があると思うんです。

どんなに面白いことがあっても、精神的に余裕がないと心から笑えない。だから、人を幸せにできる存在でありたいし、そういう集団を作りたい。

バーを経営するのは、とりあえずその第一歩って感じなんですよ」

 

インタビューを終えて

 

大きな夢を持っているような、でも小さな幸せを作りたいような…。そう、彼は好奇心のままに動く人と自分でも言っていたように、自分がしたいと思ったことは、大きくても小さくても、すべてを実行する男なのだ。

 

しかし、常に前だけを向いているのかと思いきや、鴨川の川べりに座って、物思いにふけることも多いそう。

 

「何かに迷った時、本当にこれで良いのかと悩んだ時、鴨川にはよく来ます。

鴨川って、ちょっと世界中探してもなかなかない場所だと思うんですよ。京都の繁華街のど真ん中を流れていて、なんだか守護者のような存在だと思うんですよね」

 

特に、鴨川では女の子との思い出が多いという。

「鴨川でデートしたり、ふられたり、いろんな思い出がありますね。」

楽しい思い出、苦い思い出、そんなひと時を共に過ごした。

だからこそ、鴨川には人一倍の愛を感じているようだ。

 

 

小野隼輝さんプロフィール

同志社大学グローバル地域文化学部4回生(休学中)。

小野さんの経営するバー:Bar Aoie, Tokyo (東京都世田谷区宮坂3丁目12ドム経堂 203)

バーのInstagramアカウント:@bar_aoie

 

小野さんを紹介した奇学生

 

そんな小野さんを紹介したのは、小野さんの高校の同級生の若松憲生さん

「大人になってもどこかで困っていたら必ず助けに行くほどの仲。でも変わり者」

 

こちらでは、若松さんもインタビューしています。

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この記事を書いた人: 京トーク編集部
京トーク編集部です。 大好きな京都で生活をし、京都に住んでいる人や京都を訪れる人に、もっと京都を楽しんでほしい!と思い、日々記事を更新。 チームの仲間たちと共に京都の魅力を発信していきます!

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